京都地方裁判所 昭和27年(レ)9号 判決
訴訟費用は第一、二審を通じこれを十分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する、訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とするとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において抗弁として、(一)控訴人は昭和二十五年十月末頃より昭和二十六年三月三日迄の間に被控訴人から自転車一台につき金二百円宛の割戻をうける特約の下にラビツト号自転車十一台を買い受け、代金を完済したがいまだ右特約に基く割戻金合計金二千二百円の支払を受けていない。(二)昭和二十六年三月十日頃控訴人は被控訴人よりラビツト号自転車六台を代金一台につき金一万二百円納期を同年三月末日として買い受け、内三台を訴外福田稔に一台金一万七百円の割合で、内二台を訴外藤田彦太郎に一台金一万三千五百円の割合で、内一台を訴外藤田亀一郎に金一万三千五百円でそれぞれ売却した。然るに被控訴人は右納期が過ぎても右自転車の引渡をしないので控訴人は右転売により得べかりし利益金合計金一万一千四百円の損害を蒙つた。(三)昭和二十六年三月三日控訴人は被控訴人から買いうけたラビツト号新品自転車二台を訴外福田稔に売却し訴外福田は顧客に売却したところ、いまだ十日も経過しない内にタイヤーに使用不能な程度の瑕疵ができた。よつて訴外福田は右顧客の要求により取り敢えず自己所有の新品タイヤーで右旧タイヤーと取り換え、控訴人に対し右旧タイヤーと新品タイヤーの取り換え方を迫つたので控訴人は右瑕疵ある旧タイヤー一台分を返品して被控訴人に新品タイヤーと取り換え方を求めたが被控訴人はこれに応じないので、やむを得ず訴外福田の要求により右タイヤー相当額の金一千六百円を福田に弁償して同額の損害を蒙つた。もともと新品自転車の売買において十日前後でタイヤー等に破損の生じた場合新品タイヤーと取り換えることは自転車業界の商慣習であつて、右瑕疵ある自転車の売主である被控訴人はその責に任ずべきである。よつて控訴人は被控訴人に対し前記(一)金二千二百円の返還請求権、(二)金一万一千四百円の損害賠償請求権、(三)金千六百円の返還請求権の合計金一万五千二百円の反対債権を有するから、本訴において控訴人の被控訴人に対して負担する金一万三千四百円の本件債務とその対当額において相殺すると述べた外原審判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人が昭和二十六年三月四日頃被控訴人からニユーラビツト号自転車二台を代金二万四百円で買い受けその送荷をうけたこと、及び右代金の内金七千円を控訴人が被控訴人に支払つたのみで残代金一万三千四百円が未払いとなつていることは控訴人の認めるところである。控訴人は右代金の弁済期について争うが当審における被控訴人本人訊問の結果によれば右代金の支払いは前記ニユーラビツト号自転車着荷と同時であること。従つて既に弁済期が到来していることを認めることができる。他にこれを覆すに足る証拠はない。よつて控訴人の各抗弁につき順次判断する。(一)控訴人は被控訴人との間の特約に基き割戻金合計金二千二百円の反対債権を有すると主張するが、これに沿う当審における控訴人本人訊問の結果はたやすく心証を惹くに充分でなく、その他これを認めるに足る証拠はない。もつとも当審における控訴人被控訴人各本人訊問の結果によればラビツト号自転車の売買につき製造会社と業者との間で協定が出来、ラビツト号自転車の売買契約が成立すれば販売報償金として卸売業者は小売業者に対し一台につき二百円宛の割戻をする旨定められたことを認めうるが右協定の成立したのは本件取引以後である昭和二十六年三月十七日であり、他に右協定が成立以前に遡及適用される旨の立証のない本件においては控訴人主張の如き反対債権が発生するとは解せられないので右主張は排斥する。(二)控訴人は次に被控訴人のラビツト号自転車六台の売買契約上の債務不履行により右自転車転売により得べかりし利益合計金一万一千四百円の損害を蒙つたと主張するが、当審における証人加名田フサの証言、控訴人本人訊問の結果中、控訴人被控訴人間でラビツト号自転車六台の売買契約がなされた旨の部分はたやすく心証を惹くに充分でなく、他にこれを証するに足る証拠はない。よつて右売買契約の成立を前提とする控訴人の右抗弁も理由がない。(三)更に控訴人はタイヤー二本分金一千六百円の弁償金返還請求権を有すると主張するので考える。当審における証人福田稔、同加名田フサの各証言、控訴人被控訴人各本人訊問の結果を綜合すれば、次の事実を認定することができる。すなわち昭和二十六年三月頃控訴人は被控訴人から買いうけたニユーラビツト号自転車新品二台を訴外福田稔に売却し、同訴外福田は内一台を訴外京都衛生材料株式会社に売却した。ところが訴外福田が訴外会社に売渡して後約十四、五日経過した頃に訴外会社から訴外福田に対し右買い受けのラビツト号自転車のタイヤーに瑕疵があるから取り換えて貰いたい旨要求があつたので、訴外福田が検査したところ内側のズツクが切れていたので訴外福田はその所有する新品タイヤーと取り換えた。もつとも右瑕疵あるタイヤーは一本であつたが、訴外会社が「チンバのタイヤー」では困ると要求するので訴外福田は新品自転車のタイヤーが僅か二週間位で瑕疵ができた本件の如き場合には新タイヤーと取り換えるのが業界の慣例と考えて前後輪二本とも取り換え、右取りはずした旧タイヤー二本は控訴人に返品して新品タイヤーと引換方を求めたので控訴人は右旧タイヤー二本を更に被控訴人に返品して新品タイヤーと引き換える様迫つた。然るに被控訴人はこれに応ぜず、一方訴外福田からは厳重な請求があつたので控訴人においても前記の如き場合には新品タイヤーと取り換えるのが業界の慣習でもあるので一応訴外福田との間の売買契約の売主としての責任上訴外福田が取り換えた新品タイヤーの時価相当額である金一千六百円を訴外福田に弁償した。以上認定の事実の外口頭弁論の全証拠によるも訴外福田が訴外会社に右ラビツト号自転車を売却するに際し自転車交付後十四、五日間でタイヤーが破損したときには売主福田において新品タイヤーと取り換える旨の明示の意思表示の合致があつたとは認められないが、前記掲記の各証言、各本人訊問の結果によれば、右の如き場合に新品タイヤーと取り換えるべきことは自転車業界の慣習であり訴外会社と訴外福田が右売買契約を締結するに際し意思解釈の資料たるべき右慣習の存在を知り乍ら特に反対の意思表示をしなかつたことを認めうる本件においてはこれによる意思を有するものと推定するのが相当であるから民法第九十二条の定めるところにより、訴外福田は前記訴外会社との間の売買契約に基き訴外会社に対して右瑕疵あるタイヤーを新品タイヤーと取り換えるべき義務を負担するものというべきである。而して訴外福田の訴外会社に対する右義務は控訴人と訴外福田間の前記売買契約に於て控訴人が瑕疵あるタイヤーの取り付けられた自転車を訴外福田に引渡したために生じたものであり、右瑕疵は既に前記認定の如くタイヤー内側ズツクが破損して直ちに発見することができない性質のものであり、かつ訴外福田が六ケ月以内にこれを発見して控訴人に取り換え方を請求したことを認めうる本件においては訴外福田は売主である控訴人に対し商法第五百二十六条第一項末段に基き損害賠償として、前記取り換えに要した新品タイヤーと同一物の交付をうけるか、これに代るべき填補賠償を請求しうると解しうる。而して控訴人は右損害賠償義務の履行として前記認定の如く右新品タイヤーの時価相当額である金一千六百円の填補賠償金を訴外福田に交付したが、右控訴人の出捐乃至損害は控訴人被控訴人間の前記ラビツト号売買契約に基因するものであるから訴外福田が控訴人に対してその損害の賠償を請求しうると同一の法理により被控訴人に対してこれが賠償を請求しうるものと解すべきである。従つて控訴人の右相殺抗弁は理由がある。而して控訴人が相殺適状にある金一千六百円の被控訴人に対する反対債権を以て前記控訴人の被控訴人に対する金一万三千四百円の本件債務とその対当額において本訴で相殺の意思表示をしたことは記録により明らかであるから、控訴人は被控訴人に対し右相殺残額金一万一千八百円を支払うべき義務があり、被控訴人の本訴請求中右の部分は理由あるものとしてこれを認容しその余は失当としてこれを棄却すべきである。
よつてこれと一部符合しないところのある原判決はこれを変更するを相当と認め訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 青木英五郎 石崎甚八 栗山忍)